横浜植木 120年の歩み

昭和10年

2月28日鈴木清蔵社長、得意先訪問のため5月まで渡米。
11月25日日本産業協会総裁伏見宮博泰王殿下から企業発展の功績に対し表彰される。
-米国向けにチューリップ球根の輸出を始める。

昭和11年

2月7日第二代鈴木浜吉社長の功績を謝し、「葉満木地会」を創設。
9月5日資本金50万円を増資、100万円とする。
12月横浜市鶴見区市場町の横浜農薬㈱を買収、鶴見農薬工場として農薬製造部門を拡充。

昭和13年

3月25日鈴木清蔵社長、園芸界視察、得意先訪問のため7月まで英米に出張。

昭和14年

2月北支及び蒙彊方面の取引拡張の為北京市長安街日本商工会館内に北京出張所を開設。
9月生産品輸出不振の為朝鮮採種場を閉鎖。

昭和15年

1月中支長江流域の農業開発並に取引拡張の為南京市大平路に南京出張所を開設。
3月台湾高雄州に圃場を開設し、デリスを栽培。後農産種苗試験場に変更。
-鶴見農薬工場を川和工場構内に移転し、農薬の増産態勢を整える。
上半期北支、中支の取引増加。鈴木清蔵社長、期間中2度にわたって現地視察出張。
12月鈴木清蔵社長、満、豪、支の販路拡張のため出張。

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