横浜植木 120年の歩み

昭和16年

3月11日創立50周年記念式典を行う。
7月百合根とチューリップ球根の輸出統制を調節するため日本球根輸出組合が発足、組合長に鈴木清蔵社長が就任。
9月満州国向農産種苗の販路拡張に備え新京特別豊楽路に新京出張所を開設。
11月30日大阪噴霧機工場は、需要の増加に伴い、手狭になったので戸塚試作場に工場を新設して移転。
12月8日太平洋戦争勃発。
12月22日政府が「貿易業整備要項」を各府県に通達、これを受けて、当社は50万以上の輸出実績を持つ一般登録商社として適格業者に指定される。
-円域向け輸出に活路をひらく。

昭和17年

5月31日農林省の農業薬剤企業整備方針に従い全購連と提携して東亜農薬㈱を設立、鈴木孝一取締役が社長に就任。川和農薬工場を同社に譲渡。
6月21日第三代鈴木清蔵社長逝去。享年58歳。
6月22日第四代鈴木孝一社長就任。
7月農林省が公布した農産種苗統制要綱に従い、京都市・丸種㈱、茨城県・橋本種苗㈱、静岡市・岩倉種苗店、千葉県・桑田種苗店、川崎市・成川本農園、郡山市・池田易次商店の6社を傘下に統合、各社の業務一切を引継ぎ、当局から中央種苗管理者の指定を受ける。
7月京都市下京区七条通り新町西入ル(旧丸種㈱)に京都営業所を開設。
10月農産種苗の品質の改善、品種改良等、試験研究の目的で神奈川県中郡神田村大神に中央種苗試験場を開設。
10月茨城県水戸市外緑ヶ丘村見和に中央種苗試験場茨城分場を開設。

昭和18年

8月2日徴兵、徴用による人員不足のため東京売店と市内売店を閉鎖。
8月18日日本農事株式会社と社名変更。
12月農商省の指示によりジャワ島で現地の佐藤商会と共同で農場を経営する。
-第二次交易大整備により球根類の交易部門を東日本植物輸出協会に移管統合。

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