横浜植木 120年の歩み

昭和19年

2月12日噴霧機工場が農商大臣により農機具第1種工場に指定される。
3月4日県の指示に従い、緑化事業の県下業者を一括して統制組合を結成、創立総会を当社において開く。
7月北ボルネオにおいてい軍の食糧野菜の生産の為、南里産業と提携し農場を開設。
-新京出張所を満州農事株式会社に業務を移管し改組設立。

昭和20年

3月丸の内売店閉鎖、鉄道隊に明け渡す。
3月戸塚試作場、噴霧機工場を軍の斡旋により譲渡。機械類を本社に移転。
5月29日横浜大空襲、事務所、倉庫、作業所、社宅など49棟、2,335坪全焼、2棟55坪半焼。
6月神奈川県足柄上郡松田町に主として種苗関係の事業を扱う為の松田営業所開設。

昭和21年

3月横浜市中区野毛町3丁目117番地に野毛売店開設。
8月28日日本農事(株)から横浜植木(株)に社名を戻し、英文でTHE YOKO-HAMA NURSERY COMPANY LIMITEDと称することにした。
12月30日政府貿易の実務代行のかたちで、新井清太郎商店と共同により百合根を米国に輸出。

昭和22年

8月27日資本金を100万円増資、200万円とする。
11月東京都中央区日本橋呉服橋1丁目3番地に東京出張所を開設。
12月営業を本社に統括の為、大阪営業所を閉鎖。

昭和23年

5月29日種苗統制法廃止により京都営業所を丸種㈱に、種苗試験場茨城分場を橋本種苗㈱に譲渡。
5月静岡県富士郡富士町水戸島に同地特産種苗の集荷販売に備え富士営業所を開設。
12月10日資本金500万円増資、700万円とする。

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