横浜植木 120年の歩み

大正

大正2年

4月1日 東京府牛込区新小川町2丁目10番地に東京売店を開設。
9月 輸出用種苗の品質改良を目的として、神奈川県都筑郡岡村上白根および新田村中山にかけて中山試作場を開設。
- 大正天皇即位大礼用のカトレアを宮内庁より大量に受注、英国から輸入。

大正3年

- 防疫専門の技師を置き、自主検査に乗り出す。
- 米国ハーバード大学教授ウィルソン博士来社、当社に滞在して日本の植物を調査。

大正4年

2月20日 北米サンフランシスコで開催されたパナマ太平洋万国博覧会に盆栽、日本庭園などを出品、名誉大賞1、名誉賞1、金牌6、銀牌5を受賞。
- 米国ハンティングストン植物園に日本の椿を輸出。
- アメリカハナミズキを輸入。

大正5年

8月 小樽市末広町7番地に小樽売店開設。
- フェニックス・ロベレニー原産地インドネシアと判明、高木喜太郎出張し多数の熱帯植物を持ち帰る。
- 斑入葉ゼラニュームの培養に力を入れ、鈴木喜三郎を上海に派遣。
- 自社製噴霧機を製造販売。
- 販路拡張のため島村益之助をシアトル、ニューヨークに派遣、翌6年にかけてユリ根、栗、ニンニクなどを受注。
- 米国から輸入したトマト9種を横浜の農家で委託栽培、トマトソースをつくる。種子はソ連その他に輸出。

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