横浜植木 120年の歩み

大正10年

3月30日 花菖蒲の輸出不振と耕地整理の為蒲田菖蒲園閉鎖。東京売店向け温室栽培のみ行う。
4月30日 ロシアに内乱が起こり、ウラジオストック出張所閉鎖。
- 鈴木浜吉社長、シャムからフェニックス・ロベレニーを持ち帰り、八丈島農場で栽培をはじめる。
- 水田岩次郎、大槻清太郎、第2回南洋方面出張。
- 横浜市中区真砂町4丁目58番地にガーデン・バザーを開設。
- 自社製農薬第2号として固形シトロン、インセクチサイドを製造販売。
- 英国リチャード社製雑草殺滅剤、英国ダーリングトン社製薫蒸剤オートシュレッドを輸入販売。

大正11年

3月 輸出用花卉類の採種及び朝鮮内果樹苗栽培販売の目的で朝鮮全羅南道霧安郡望雲面に採種農場開設。
9月 ガーデン・バザーを拡張し、市内売店として開店。
- 仏国より輸入、八丈島で生産した房咲水仙を発売。
- 鶴見三笠園の造園工事を行う。
- カラマツの種子を取扱う。
- 英サットン商会の日本総代理店となる。

大正12年

3月 東京丸ビル1階に丸の内売店を開設。
9月1日 関東大震災により事務所・倉庫が大破損、社宅が倒壊する。事務所の一部を開放し、日本赤十字社の難民救護に協力。
12月 震災復興用に米国から亜鉛引鉄板を輸入。
- 米国から展着剤カイソウカゼインを輸入販売。
- 英国から洋服用羅紗を輸入し震災の罹災者などに分譲。

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