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日米友好のために、海を渡った桜たち。

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アメリカの桜並木|ワシントンD.C.のポトマック河畔


みなさんは、アメリカのワシントンD.C.にあるポトマック河畔の桜並木をご存知でしょうか?
現在では、アメリカ国内だけでなく世界から美しい桜並木を一目見ようと観光客が訪れる観光名所です。

実は、ポトマック河畔の桜並木と横浜植木には深いつながりがあります。
今回は、横浜植木の歴史において大切なアメリカと日本を結ぶポトマック河畔の桜並木をご紹介します。

1884年|隅田川の桜並木の美しさに感動した1人のアメリカ人

ポトマック河畔に桜並木ができるきっかけは、外交官の兄に会うために日本に訪れたアメリカ人ジャーナリスト、エリザ・シドモアが大統領へ希望を出したことです。

エリザは、日本に訪れた際に観光した隅田川の桜並木にとても感動し、その後30年にも渡ってアメリカにも桜並木を作ることを訴え続けたそうです。

  

※シドモア桜について...1991年にワシントンから日本に里帰りした桜が横浜山手外国人墓地のシドモア家墓前に植えられ、
今では大きく成長しシドモア女史も見守る中、毎春満開の花で皆を楽しませています。

『シドモア桜の会 横浜』はこちら>


  

1909年|日本から2000本の桜がワシントンへ

1884年から希望が出されていたアメリカでの桜並木作りは、第27代大統領、ウィリアム・タフト夫人のヘレン・タフトの後押しにより大きく進み始め、ついに1909年に2000本の桜が日本から送られることとなりました。

しかし、結末は虚しくすべての苗木が焼却処分となってしまいました。
一番の原因は、根に土がついたままの状態で輸送してしまったため、土の中で虫が大繁殖してしまったことです。
二度目こそ失敗するまいと、指名を受けたのが当社でした。

1912年|横浜植木の技術を活かし、健康な桜をアメリカへ

当社は、当時、植物の貿易業を生業としており、創業時から全世界へ向けた桜の輸出を手掛けていました。
創業当時から培ってきた「技術」を駆使し、当社は16日間の長きに渡る輸送にも耐え、すべての検査に合格し、およそ6000本の桜の苗木を無事に現地まで送り届けることに成功しました。

そして無事に届けられた桜の苗木は、ポトマック河畔に定植され、今では世界的な桜の名所として親しまれています。

※6000本の苗木はワシントンとニューヨークへ各3000本が輸送されました。

ワシントンD.C.の桜並木

        

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