- 2025.12.26
- 社長ブログ
【連載】横浜植木株式会社 – 社長インタビュー第3回

横浜植木株式会社は、種子の開発・生産・販売や植栽などを手がける老舗企業です。社長インタビュー第3弾は、ピーマン育種の開発から「種無しピーマン」が生まれるまでのお話と、品種開発や事業展開など、今後の展望について伺っています。
前回のインタビューはこちらからお読みいただけます
ピーマン育種と種無しピーマンの開発
-インタビュアー
メロンの育種・開発を経て農場長に就任されて以降も、さまざまな野菜の育種に携われたということで、ピーマンの育種を開始されたのはどのようなきっかけだったのでしょうか?
-社長
ピーマンの育種に着手したのは1996年頃です。そこには、実はかなり切実な理由がありました。当時、当社はピーマンメーカーの代理店として茨城県を中心に大きなシェアを持っていたのですが、産地でウイルス病が発生してしまったのです。しかも、抵抗性を持つ品種がなかったため、農家の皆さんは次々と競合品種へ切り替えていきました。「このままでは市場を失ってしまう」。そんな強い危機感から、自社でピーマンの育種に乗り出すことを決意しました。
-インタビュアー
また危機がきっかけだったのですね。ピーマンの育種では、どのような特徴を持つ品種を目指されたのですか?
-社長
開発に踏み切った頃には、他社のシェアが圧倒的で、後発の当社が勝つには“差別化”が必要でした。そこで、①食感がよく美味しい、②尻ぐされに強い、③樹勢が強く多収、この3つを備えたピーマンを目標に育種を進めました。どれも農家さんが求めている、とても大切なポイントです。その結果、夏秋産地では高い評価をいただけるようになりました。
-インタビュアー
農家の方々のニーズをしっかり捉えた開発だったのですね。しかしピーマンといえば、多くの子どもが「嫌いな野菜」としてあげる食べ物だと思うのですが、育種に携わられている社長としては、子どもがピーマンを嫌う理由について何かお考えなどありますか?
-社長
これには“本能”が関係しています。
子どもがピーマンの苦味を嫌うのは、アルカロイドなど毒性物質に共通する「苦味」を拒否しようとする防衛反応と言われています。
ですが、成長とともに苦味を“おいしさ”として受け入れるようになります。昔はニンジンやピーマンが苦手な子も多かったですが、品種改良によってだいぶ食べやすくなりました。トマトも昭和初期は臭みが強かったのですが、30年ほどで大きく進化した典型例ですね。
-インタビュアー
子どもがピーマンを嫌うのには科学的な理由があったんですね。ピーマンも品種改良で食べやすくなっているということですが、横浜植木の「種無しピーマン」はどのように開発が進められたのですか?
-社長
最初のきっかけは“偶然”でした。農場では毎年数千株のピーマン類を栽培していますが、その中にまれに花粉が出ず、種なしピーマンが実る株を見つけることがあります。
「もしかしたら、この株から種無しピーマンを開発することができるかもしれない」そう期待して、研究を続けました。しかし、花粉が出ない株を安定的に再現することができず、何年も試行錯誤が続きました。

-インタビュアー
長い間研究を続けられたのですね。諦めずに続けられた原動力は何だったのでしょうか?
-社長
「もし実現できたら、多くの子供たちがピーマンが好きになってくれる」という思いが、研究を続ける原動力でした。
途中で諦めかけた頃、無花粉系統を安定して次世代に遺伝させられる系統を発見し、研究は一気に前進しました。さらに、受粉しなくても果実が肥大する単為結果性の系統も見つかり、これらを組み合わせることで“種無しピーマン”の品種開発がついに完成しました。長い道のりでしたが、本当にやりがいのある挑戦でした。
社長就任と未来への展望
-インタビュアー
種無しピーマンの開発後、会社の事業も大きく拡大していったかと思いますが、その当時はどういった状況でしたか?
-社長
2014年に本社園芸部に移動した際、もっと多くの園芸愛好家の方に、花だけでなく野菜づくりも楽しんでいただきたいという思いから、“野菜苗”の開発・販売を提案しました。特に、他社にはない独自性を出すために、タネなっぴー(種無しピーマン)、おばぴー(巨大ピーマン)、ベイビーキス(小玉パプリカ)、ズキボー(つる性ズッキーニタイプ)など、さまざまな新商品を展開しました。
また、従来の培養土に加えて、東京産の腐葉土を使用しバチルス菌を配合した“プレミアム培養土”など、他社にはない高付加価値の培土も開発しました。さらに、ホームセンター向けのオリジナル花苗にも取り組み、事業の幅を大きく広げることができました。
-インタビュアー
社長に就任される前も、たくさんの商品を開発されてきたんですね。長年育種に携わられてきた経験から、育種に対する哲学のようなものはありますか?
-社長
同じ遺伝子素材を使っていても、ブリーダーによって生み出される品種が異なるのは、それぞれの開発者が持つ思いや感性が違うからです。私は常に、その品種を栽培してくださる生産者の気持ちになり、さらにその青果物を口にする消費者の気持ちになることを大切にしています。「自分だったら、この品種を選ぶだろうか?」と自問しながら、相手に寄り添う姿勢を忘れないようにしています。
そして、育種において“好奇心”は欠かせません。今売れている品種を追いかけているだけでは、決してリーダー的品種にはなれません。求められているのは、新規性があり、圧倒的な優位性を持つ商品です。しかし、そうした品種は簡単には生まれませんし、開発できたからといって必ず売れるわけでもありません。それでも、そうした挑戦心や好奇心を持ち続けなければ、トップを取ることはできないと考えています。

-インタビュアー
「多様性を尊重する」という姿勢は、今の時代にとても大切ですよね。最後に、今後の展望についてお聞かせください。これからどのような品種開発や事業展開を考えていらっしゃいますか?
-社長
ありがとうございます。社長として、自由に新しいことに挑戦できる楽しさを感じながら、世界に技術を広げ、後追いではなく社会に必要とされる品種開発を模索し続けています。例えば、赤肉メロンは、開発当初こそ市場に受け入れられなかったものの、今では当たり前の存在となりました。
このように、品種選定は多数決で決めるのではなく、「10年後・20年後に必要とされるもの」を考えることが重要だと思っています。
-社長
現在の日本では、農業後継者の減少や異常気象の影響により農業生産量が低下し、食糧問題が大きな課題となりつつあります。世界に目を向けても、人口増加、地球温暖化、プラスチック汚染など、より深刻な問題が山積しています。
こうした課題に対し、当社は理念である「時代の先取りと創造性の発揮」を軸に、前向きに取り組んでいきます。当社事業である「種苗・園芸・造園」は、いずれもこれらの社会課題と密接に関わっています。環境適応性が高く高収量の品種を開発することで食料生産に貢献し、また園芸や造園の分野では、緑化を通じた温暖化対策に取り組んでいきます。
さらに、新規事業として、二酸化炭素削減や脱プラスチック、自然と共生する社会づくりに資する取り組みを、積極的に展開していきたいと考えています。
-インタビュアー
未来を見据えた品種開発、とても楽しみにしています。本日は貴重なお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。
-社長
こちらこそ、長時間にわたりありがとうございました。これからも挑戦を続けていきますので、引き続き応援していただければ幸いです。
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